過去を巡る 〜20代半ば②〜
結婚生活は上手くいきませんでした。
原因はやはり考え方の相違でしょうか。
自分は平日の日中は仕事をしていて、仕事が終われば趣味の時間が欲しいと考えていましたが、妻の方は23年間住んだ福岡を捨て、誰も知り合いのいない土地に引っ越しをしてきたので、せめて仕事が終わった後は夫婦の時間が欲しいと考えていました。
今思うと妻の主張を尊重すべきでした。
ただ、自分は一人きりの時間がないと困るタイプの人間で、苦しい仕事が終わってやっと一息つきたい時に妻のためにあれをしなきゃ・これをしなきゃと考えると何となく窮屈で不自由な思いがしました。
一人で楽しむ趣味がストレスの解消方法だったのです。
きっと結婚生活に向いていない人間なのでしょうね。
仕事が忙しくて家に帰るのが遅くなった日には「夜まで仕事お疲れ様」の一言ぐらいあって然るべきだと思っていましたが、妻からすると「こんな不慣れな土地に呼んでおいて一日中私を放置するとは許しがたい」という気持ちだったようです。
こんな調子だったのでお互いがお互いを理解できず、衝突を繰り返していました。
夫婦喧嘩はやがてエスカレートしていきました。
仕事から帰宅すると玄関ドアにチェーンをかけられて家に入れず車の中で寝ることを強いられた日もありました。
次第に物を投げられたり殴られたりとDVが起こるようになりました。
離婚したいと言われたことは数十回はあるでしょう。
ここまで関係がこじれるなんて余程自分の接し方に難があるんだろうな。いやいや、それにしてもここまでの仕打ちを受けるほどのことはしていないのでは?でもDV受けるぐらい妻に不快な思いをさせているのだからやっぱり自分が悪いのか?
と頭の中が毎日ぐるぐるしていました。
重い腰をあげて職場に行けばいつものメンバーがいつもの表情でいつものように仕事をし、無事平穏な時間が流れていました。
まるで世界の中で自分だけが不幸な日常を過ごしているように感じていました。
やがて何のために仕事をしているんだろう、何のために生きているんだろう、という方向に思考が傾いていきました。
ある日、自分を取り巻くこの環境が、世界が、とてもつまらなく空虚で無味乾燥なものに思えました。
その時妻が家にいなかったのでちょうどいいと思い、包丁を持って浴室に行き腕に刃を当てました。
でも死ぬことはできませんでした。
生きることは怖いことですが死ぬこともまた恐怖。
腕のズキズキとした痛みが、まだ自分の中に生きたいという本能があることを主張していました。